天王星茶会客人

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¥7,800 JPY
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天王星茶会客人

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¥7,800 JPY

天王星茶会客人のサビーニョ(碧)2025
セラミック
2025

w 5 × d 5 ×  h 14

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天王星茶会譚 ― 蒼き静寂の環にて

太陽から遠く離れた場所に、
氷の宝石のようにひっそりと佇む惑星——天王星がある。
その青白い光は、まるで深海の底で発光する月のようで、
静寂と透明の気配を帯びて宇宙に漂っている。

天王星は、他の惑星とは違い、
横倒しになったまま静かに自転を続けている。
まるで眠り続ける巨人が、
夢の中でゆっくりと呼吸するような姿で。

宇宙を旅する客人は、
その蒼い孤島のような惑星へゆっくりと降り立った。

足元に広がる大地は硬い氷に覆われ、
淡い光を反射して、
まるで巨大な水晶の床の上を歩いているようだった。
空は深い青の霧に包まれ、
音はすべて遠い昔に封じ込められたかのような静けさ。

客人は氷の丘の影にそっと座り、
静寂を壊さぬよう細心の注意を払いながら、
茶会の場を整えた。

茶器を置くと、
その器面に天王星の淡い光がしずかに映り込み、
青い宝石のように揺れた。
湯を注ぐと、蒸気は氷の大気に触れた瞬間に薄い霧へと変わり、
天王星の風に吹かれて透明の花びらのように散っていった。

茶の香りはほとんど風に消えるほど繊細で、
それでもどこか深い安らぎを含んでいた。
まるで遠い昔、
地球の夜明け前の山寺でたてられた一服のように、
静かな祈りのような味わいがあった。

その時、
遠くの空にかすかな光の線が走った。
天王星を取り巻く細く薄い環——
その影が光に反射し、
まるで天の川の小片がゆっくりと舞うように見えた。

やがて氷の大地の下から
微かな震えが伝わってきた。
それは音ではなく、
惑星自体が持つ深い深い“眠りの呼吸”。
旅人はその静かな鼓動に耳を澄ませ、
茶碗をそっと傾けた。

茶会を終えるころ、
天王星の空は無音のまま薄い光を増し、
世界全体が青いヴェールを纏うように輝きはじめた。
その光景は、
まるで氷の聖堂が目覚めたかのような神秘に満ちていた。

客人は深く一礼し、
青白い光の中をゆっくりと立ち上がった。
背後では天王星の風が、
かすかな鈴の音のような響きを残した。

こうして蒼き静寂の惑星で開かれた一夜の茶会は、
いまも天王星の氷の眠りの奥深くで、
静かに、ひっそりと輝き続けているという。







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ワビーニョサビーニャは、

宇宙人です。

様々な惑星から地球にやってきたので、

色や形はさまざまです。

 

みんな頭が器になっているので、お茶やお酒やお菓子や、

脇道に咲く小さな草花、きれいな砂浜のさんご、光る小石、

あなたが美しいと思ったもの、好きなもの

なんでも入れてあげてください。

 

彼らは頭部のうつわから地球の情報を集めて、

その情報を宇宙の図書館である金星に送ります。

金星に集められた美しいものの情報は

やがて宇宙の端々の生まれたての

星々の栄養になります。

 

ワビーニョサビーニャの頭に色々なものを入れて

地球の恵みの素晴らしさ、あなたが日々の中で感じる

この世界の美しさを教えてあげてください★


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作品のコンセプト


日本のうつわには、人の身体の名称が用いられることがあります。たとえば、器の縁は「口」、中央のふくらみは「胴」、くびれた部分は「腰」、底部は「足」や「高台」と呼ばれています。こうした呼び名は、器をただの道具ではなく、ひとつの“身体”としてとらえる日本独自の感性を反映しているように思います。

私は、こうした器の呼び方に出会ったとき、すぐに「この器は生きている」と感じました。手のひらに乗せたときの重さや、形のバランス、口の開き具合までもが、まるでその器の“性格”のように思えてくる。だから器に料理を盛りつけるときも、私はどこかでその器の気持ちに耳を傾けているのかもしれません。

室町時代に描かれた絵巻『付喪神記』には、長年使われた道具たちが妖怪となって現れ、夜の町を行進する様子がユーモラスに描かれています。鍋や釜、木魚、鰐口といった日用品が、命を得たように踊り出すその光景に、私は初めて見たときから心を奪われました。そこに描かれていたのは、日本人が昔から抱いてきた「モノには魂が宿る」というまなざしそのものだと思います。

日本には「八百万の神」という考え方があります。自然のすべてに神が宿るように、日々使う器や道具にも、心があると私は感じています。たとえ器の一部が欠けてしまっても、金継ぎを施すことでさらに魅力を増し、新たな物語を持つようになる。私は、それがまるで子どもを育てるような行為だと思っています。

こうした“モノとの関係”のなかで、私は作品をつくっています。器をモチーフにしたキャラクター「ワビーニョ」「サビーニャ」たちは、器と向き合い、対話するように生まれてきました。命を感じるモノたちと暮らす楽しさを、私はこれからも作品の中で育てていきたいと思っています。     

ワクイアキラ


Consept


In Japanese culture, it’s not uncommon for parts of a ceramic vessel to be described using terms from the human body. The rim is called the “mouth,” the rounded middle “body,” the narrowing section “waist,” and the bottom is referred to as the “foot” or “base.” These expressions reflect a uniquely Japanese sensibility—one that sees a vessel not simply as an object, but as a kind of living body.

When I first encountered this way of describing ceramics, I immediately felt, “This vessel is alive.” The weight in the palm of my hand, the balance of its form, even the angle of its opening—all of it seemed to express a kind of personality. That may be why, when I plate food onto a dish, I find myself instinctively listening to the vessel’s quiet presence, as if to its feelings.

One of my inspirations is a picture scroll from the Muromachi period called Tsukumogami-ki, which depicts old household tools—pots, kettles, temple instruments—transforming into spirited beings and marching joyfully through the night. From the moment I saw it, I was captivated. The scene perfectly embodies a deep-rooted Japanese worldview: the belief that all things, even tools and everyday items, possess a soul.

This is closely tied to the concept of “Yaoyorozu no Kami”—the belief that deities dwell in all things, from mountains and rivers to humble objects we use every day. I’ve come to feel that even vessels and utensils carry a heart of their own. When a piece becomes chipped or broken, it is often mended using kintsugi, a traditional technique that repairs the damage with lacquer mixed with gold or silver. Rather than hide the flaw, it honors it, giving the object a new beauty and a new story. To me, it feels like nurturing a child—cherishing it as it grows and changes.

This philosophy of forming a relationship with objects is at the core of my creative practice. The characters “Wabinho” and “Sabinha” were born from such a dialogue with vessels. They embody the spirit of ceramics—each one with its own voice, its own quiet life. Through my work, I hope to continue exploring the joy of living alongside things that seem to breathe with presence and memory.

— Akira Wakui

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「ワビーニョサビーニャ」の名は、

前述のような精神的背景を基に創出された造語です。

日本の美意識を表す「侘(わび)・寂(さび)」――質素で慎ましくありながら、内に深い趣と豊かさを秘めた美学――に、スペイン語で「こども」を意味する語尾「ニョ」「ニャ」を組み合わせることで、素朴さと愛らしさを兼ね備えた独自の存在が生まれました。

この作品は、器や道具に宿る「心」や「物語」を可視化し、モノとの関係性を再認識するきっかけとなることをねがいながら作家自身の手のよって1点1点生み出されています。

古くて新しい、命あるものたちとの共生の世界を、

どうぞお楽しみください。