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Mont Blanc _oil painting

Mont Blanc _oil painting

¥58,000 JPY

Mont Blanc」
「モンブラン」

2025.10
キャンバスに油彩
Oil painting on canvas
w 60cm x  D60cm x h60cm

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本作は、陶によって立ち上げたモンブランの生命観を、オイルペインティングという別の物質層へと移し替えた試みである。絵具の重なりと滲みは、大地が内側から押し上げられる時間そのものを可視化し、万年雪の白は静止ではなく、内奥に力を蓄えた沈黙の皮膜として描かれる。筆致の集積は、個々の峰が連なり一体化する山塊の構造を示し、近景では分節された存在として、遠景ではひとつの生命体として立ち現れる。その二重性は、カール・ユングの氷山の比喩が示すように、顕在と潜在、個と全体が深層で結ばれている人間の意識構造とも共鳴する。土の塊としての山を、油彩の光と層で再解釈することで、本作は自然を固定された風景ではなく、呼吸し続ける存在として捉え直している。

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以下は、富士山をモチーフにしたり、日本や世界の山をモチーフにした
一連の陶作品や油彩作品の、制作におけるインスピレーションの源泉、あるいは
コンセプトです。

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山は単なる地形ではなく、
大地から足を踏み出し歩み出す潜在的な力を秘めた存在です。
その物質性の背後には生命性が宿り、
精霊や自然霊として顕在化する塊であると考えています。

鳥や蛇や象や人型などの世界中に残る
具象的形状を持つ岩を見るといつの時代かに生きていて、
何らかの理由で石化したのではないかとさえ感じさせ、
その通りであるといった仮説も存在しています。

具象的的形状ではないとしても、

例えば富士山のように単独でそびえる山もあれば、
南アルプスや北アルプスのように複数の峰々が連なり、
一つの巨大な塊として日本列島を形作る山脈もあり、
近くで見れば個々の山として存在しながらも、
離れて見れば一体の存在である――
その姿は、人間の意識と潜在意識の関係にも重なります。
ユングが氷山の比喩で語ったように、
顕在意識は水面上に見える一角であり、
深層では人と人とがつながっている。
山々もまた個々に立ちながら、深層で大地と共鳴し、一つに結ばれているのです。

この発想は「one for all, all for one」という
ラグビーの言葉とも響き合います。
個が全体を支え、全体が個を生かす。
その精神は、アニミズムの思想や、
山岳信仰、神社を訪れる中で感じてきた気配とも結びついています。

幼少期から親しんできた
長野の山々――戸隠山、妙高山、飯綱山、黒姫山――だけでなく、
熊野や奈良、阿蘇といった各地の山々にも
同じ息づかいを感じてきました。
そしてそこに必ず寄り添うように鎮座する神社、
その背後の巨石や岩倉は、山のへそや子宮、
あるいは経絡やチャクラのような役割を果たしているかのようです。

こうした経験や思索を通じて、
私は山を一つの生命体、あるいは精霊として捉え、
作品として描いています。

それは日本的なアニミズムの感性に根ざしつつ、
個と全体、意識と無意識、人と自然をつなぐものとしての
山の存在を探る試みでもあります。

器や道具に宿る精霊「付喪神」からのインスピレーションで
15年ほど制作を進めてきた「ワビーニョサビーニャ」のシリーズの
発展版というか次の展開としての作品です。
器や道具といった小さな存在に宿る精霊から、さらに俯瞰のレイヤーを上昇させて
見えてきたのは自然環境、岩、山といった日本列島や島々、
そしてそれらは、地球の背骨であり、中心軸なのかもしれない。
そんな壮大なお話になってしまったわけですが、
とにもかくにも昨年はじめて富士山を見たときに、
「かわいい!」と思ったことは本当なのです。
それがそのまま形になった、、
簡単にいってしまうのときっと本当はそんなことなんだと思うのです。