火星茶会客人

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¥8,200 JPY
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火星茶会客人のサビーニョ 2025(赤と金の玉)

2025


W4cmxD4cm x H12.5cm

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火星茶会譚 ― 赤き荒野にひらく静寂の一服

太陽から四番目の惑星。
火星の大地は、古い陶器の肌のように紅く乾き、
遠くの地平線まで続く砂嵐が、
静かに世界を削り続けている。

その荒涼とした美しさは、
どこか地球の冬枯れの山裾にも似て、
しかしまったく別の精霊が潜む世界でもあった。

宇宙を旅する客人は、
その赤い大地にそっと降り立った。
足元の砂は細かく、
踏みしめるたびに、かすかに火星の風の匂いを立てた。
それは鉄のような、押し花のような、
懐かしさと寂しさがまじり合う香りであった。

客人は風を避けるために、
大地が自然につくった岩陰に小さな茶会の場を整えた。
火星の空は薄い青灰色で、
夕刻になると太陽の光は銀色に弱まり、
世界全体が静寂の器に入ったような佇まいの中に沈んでいく。

茶器を置くと、
その影が火星の赤い大地にゆっくりと伸びた。
湯を注ぐと、わずかな蒸気が風に乗って漂い、
瞬く間に冷たい空気に溶け込んだ。
その様子は、まるで荒野が大切に茶の香りを受け取っているかのよう。

一服を点てると、
茶の表面に火星の薄い太陽光が反射し、
小さな光の輪が揺らいだ。
それは地球の茶室で見る灯火に似ているが、
どこか遥か遠くの記憶のようにも感じられた。

その時、
遠くで砂が舞い上がり、
細い風がひと筋の音を奏でた。
火星の風は荒々しくもあるが、
時折、琴のようにかすかな音色を生む。
その音は、
「この地にもまた、かつて水が流れ、風が歌った日があった」
と語っているようだった。

客人はその音に耳を澄ませながら、
静かに一服を味わった。
茶の温もりは冷えきった大地にひとしずくの灯りを落とし、
孤独の星でさえ、心を寄せれば温かさが宿ることを教えてくれた。

茶会を終えるころ、
空は夕暮れの赤から紫へと変わり、
遠くの地平線に小さな太陽が沈みかけていた。
その光は弱く、しかし確かで、
まるで火星自体が旅人を見送るような、
静かで優しい余韻を残した。

客人は一礼し、
赤い砂の道を歩きながら、再び宇宙の旅へと向かっていった。

火星の荒野で開かれた一夜の茶会は、
いまも赤い砂のどこかで、
風の歌とともに静かに眠っているという。







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ワビーニョサビーニャは、

宇宙人です。

様々な惑星から地球にやってきたので、

色や形はさまざまです。

 

みんな頭が器になっているので、お茶やお酒やお菓子や、

脇道に咲く小さな草花、きれいな砂浜のさんご、光る小石、

あなたが美しいと思ったもの、好きなもの

なんでも入れてあげてください。

 

彼らは頭部のうつわから地球の情報を集めて、

その情報を宇宙の図書館である金星に送ります。

金星に集められた美しいものの情報は

やがて宇宙の端々の生まれたての

星々の栄養になります。

 

ワビーニョサビーニャの頭に色々なものを入れて

地球の恵みの素晴らしさ、あなたが日々の中で感じる

この世界の美しさを教えてあげてください★


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作品のコンセプト


日本のうつわには、人の身体の名称が用いられることがあります。たとえば、器の縁は「口」、中央のふくらみは「胴」、くびれた部分は「腰」、底部は「足」や「高台」と呼ばれています。こうした呼び名は、器をただの道具ではなく、ひとつの“身体”としてとらえる日本独自の感性を反映しているように思います。

私は、こうした器の呼び方に出会ったとき、すぐに「この器は生きている」と感じました。手のひらに乗せたときの重さや、形のバランス、口の開き具合までもが、まるでその器の“性格”のように思えてくる。だから器に料理を盛りつけるときも、私はどこかでその器の気持ちに耳を傾けているのかもしれません。

室町時代に描かれた絵巻『付喪神記』には、長年使われた道具たちが妖怪となって現れ、夜の町を行進する様子がユーモラスに描かれています。鍋や釜、木魚、鰐口といった日用品が、命を得たように踊り出すその光景に、私は初めて見たときから心を奪われました。そこに描かれていたのは、日本人が昔から抱いてきた「モノには魂が宿る」というまなざしそのものだと思います。

日本には「八百万の神」という考え方があります。自然のすべてに神が宿るように、日々使う器や道具にも、心があると私は感じています。たとえ器の一部が欠けてしまっても、金継ぎを施すことでさらに魅力を増し、新たな物語を持つようになる。私は、それがまるで子どもを育てるような行為だと思っています。

こうした“モノとの関係”のなかで、私は作品をつくっています。器をモチーフにしたキャラクター「ワビーニョ」「サビーニャ」たちは、器と向き合い、対話するように生まれてきました。命を感じるモノたちと暮らす楽しさを、私はこれからも作品の中で育てていきたいと思っています。     

ワクイアキラ

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Consept
In Japanese culture, it’s not uncommon for parts of a ceramic vessel to be described using terms from the human body. The rim is called the “mouth,” the rounded middle “body,” the narrowing section “waist,” and the bottom is referred to as the “foot” or “base.” These expressions reflect a uniquely Japanese sensibility—one that sees a vessel not simply as an object, but as a kind of living body.

When I first encountered this way of describing ceramics, I immediately felt, “This vessel is alive.” The weight in the palm of my hand, the balance of its form, even the angle of its opening—all of it seemed to express a kind of personality. That may be why, when I plate food onto a dish, I find myself instinctively listening to the vessel’s quiet presence, as if to its feelings.

One of my inspirations is a picture scroll from the Muromachi period called Tsukumogami-ki, which depicts old household tools—pots, kettles, temple instruments—transforming into spirited beings and marching joyfully through the night. From the moment I saw it, I was captivated. The scene perfectly embodies a deep-rooted Japanese worldview: the belief that all things, even tools and everyday items, possess a soul.

This is closely tied to the concept of “Yaoyorozu no Kami”—the belief that deities dwell in all things, from mountains and rivers to humble objects we use every day. I’ve come to feel that even vessels and utensils carry a heart of their own. When a piece becomes chipped or broken, it is often mended using kintsugi, a traditional technique that repairs the damage with lacquer mixed with gold or silver. Rather than hide the flaw, it honors it, giving the object a new beauty and a new story. To me, it feels like nurturing a child—cherishing it as it grows and changes.

This philosophy of forming a relationship with objects is at the core of my creative practice. The characters “Wabinho” and “Sabinha” were born from such a dialogue with vessels. They embody the spirit of ceramics—each one with its own voice, its own quiet life. Through my work, I hope to continue exploring the joy of living alongside things that seem to breathe with presence and memory.

— Akira Wakui

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「ワビーニョサビーニャ」の名は、

前述のような精神的背景を基に創出された造語です。

日本の美意識を表す「侘(わび)・寂(さび)」――質素で慎ましくありながら、内に深い趣と豊かさを秘めた美学――に、スペイン語で「こども」を意味する語尾「ニョ」「ニャ」を組み合わせることで、素朴さと愛らしさを兼ね備えた独自の存在が生まれました。

この作品は、器や道具に宿る「心」や「物語」を可視化し、モノとの関係性を再認識するきっかけとなることをねがいながら作家自身の手のよって1点1点生み出されています。

古くて新しい、命あるものたちとの共生の世界を、

どうぞお楽しみください。